短編集「シャーロック・ホームズの回想」と、あらすじ・感想
ホームズ人気が爆発するきっかけとなった、第3作『シャーロック・ホームズの冒険』(1892年出版)に続いて、翌1893年に出版されたシリーズ4作目の作品です。
訳者の日暮雅通氏によると、実は作者のドイルは、第3作『冒険』の最終話でホームズを殺してシリーズを終えるつもりだったのが、母親の反対にあってとりやめたのだとか。
えー? この第3作でシリーズがバカ売れし始めたところなのに、もったいない……と思うのは他人事だからで、きっと本人には切実な理由があったのでしょうね。
そんな感じで無事に第3作『冒険』収録作は書き終えたものの、続きを書く気にはなれなかったドイルでしたが、掲載した月刊誌『ストランド』から続編を依頼されます。(そりゃそうだ)
そこで、試しに(?)原稿料をふっかけてみたところ、それがあっさりOKされるというまさかの展開に 笑
(ていうか元々、ホームズ人気に対して原稿料が安すぎたんだと思うなー)
仕方なく、ドイルは12の短編を『ストランド』で発表し、それが単行本化したのが、この第4作『シャーロック・ホームズの回想』となります。
ただし、そこはイヤイヤ期で有名な彼のこと。
最終話のタイトルはなんと、『最後の事件』。しかも、物語の中で……。
以下、収録作のあらすじ・感想等をざっくり紹介します。
第1話 名馬シルヴァー・ブレイズ
輝かしい経歴を持つ5歳馬シルヴァー・ブレイズが、レース直前のある晩、厩舎から姿を消す。さらには、頭を鈍器で砕かれた調教師の死体が発見されて――。
馬の見た目が普段と全然違ってもレースに出走できるんだなあ、という素朴な感想を抱きました 笑
あと、犯人がうかつすぎ 笑
第2話 ボール箱:作者ドイルが気に入らなかった(?)作品
暇を持て余していたワトソンは、考えていたことをホームズに当てられてびっくり。ポーの探偵デュパンのエピソードを持ち出して、推理の過程を説明するホームズ。
その後、レストレード刑事から、切り取られた人間の耳がひとり暮らしの女性の家に送りつけられるという、猟奇的な事件への協力依頼があり――。
訳者解説によると、雑誌には掲載されたものの、単行本にする際にドイルが収録したがらなかった作品だそうです。
ホームズが事件解決のヒントに気づくシーンが印象的でした。
第3話 黄色い顔
ホームズが失敗したにも関わらず真相が明らかになったという、珍しいケース。
……細かい事情もあったのでしょうが、要はこの人、イギリスに戻らなければよかったのでは?(ばっさり)
ホームズのセリフで締めるラストがおしゃれです。
「ワトスン、ぼくが自信過剰ぎみに思えたり、事件のための努力を惜しむように見えたりしたら、そっと『ノーベリ』と耳うちしてくれないか。恩にきるよ」
第4話 株式仲買店員
結婚後のワトソンは、パディントン地区にあった老医師の医院をかかりつけ患者ごと買い取り、忙しく働いていました。(患者ごと買い取りなんてことができたんですね!)
そこへ現れたホームズの誘いで、株式仲買の仕事をするパイクロフト氏の転職先について調べるため、バーミンガムへ行くことに――。
ある過去作品と非常によく似たトリックながら、主目的は違うことに感心しました。
面白かったけど、過去作品を知らなかったらもっと楽しめただろうなー。
第5話 グロリア・スコット号:ホームズの探偵業はじめ
ホームズが探偵を始めるきっかけとなった話という、ファンなら読み逃せない一編。(でも、この本そんなのばっかり)
カレッジでの唯一の友人ヴィクター・トレヴァの実家で、裕福な彼の老父について本人に求められるまま推理してみせた結果、友人の心臓の悪いお父さんをショックで失神させる若き日のホームズ 笑 (わろてる場合か)
結果、そのお父さんからはこんなことを ↓ 言われます。
『(前略)ホームズさん、どうやって探り出されたのかはわからんが、実在のであろうと小説中のであろうと、探偵という探偵は、あなたの手にかかれば子どもも同然ですな。これを一生の仕事になさるといい。この世のなかをいくらか知っている男の助言として、お聞きくださいよ』
こんな殺し文句、ホームズならキュンとしちゃいますよね 笑 けれん味がきいてて、ドイルうまいなあ。
暗号ものですが解法はシンプル。
同級生のペットのブルテリアに足をかまれて10日間寝たきりという、かわいそうすぎるホームズの姿も見られます 笑
第6話 マスグレイヴ家の儀式書:こんな下宿人はいやだ
「ホームズ」ファンが目尻を下げて語り継ぐ、ベイカー街B221の壁に撃ち込んだ銃弾で「V.R.」の文字を作るホームズが出てくる作品がこちら 笑
(わろてる、場合か……)(ハドスン夫人寛大すぎ)
部屋を片付けようというワトソンを、古い書類や記念品を引っぱり出してきて煙に巻こうとするホームズ。
「ワトスン、この中にはどっさり事件があるんだぜ」
「(前略)ぼくの伝記作家である君が、ぼくの名を高めてくれる以前の時代に、手がけてしまった事件ばかりだ」
こんな風にいわれたら、ワトソンも話を聞くしかありませんよね 笑
というわけで、カレッジの知り合い・マスグレイブ氏に依頼された名家の事件について、ホームズが語ります。
第7話 ライゲイトの大地主
働きすぎで倒れたホームズが見られる作品はこちら 笑
ワトソンとホームズが訪れた静養先の田舎で、とある裕福な家に泥棒が入り、その家と訴訟沙汰になっていた地主の家では殺人が。
撃たれた御者の死体は、手紙のようなものを握っていて――。
テンポが良く解決も鮮やかな、映像化したら映えそうな面白い作品。
ただ筆跡鑑定のくだりには疑問が 笑
第8話 背中の曲がった男:ベイカー街イレギュラーズ登場
はためには仲睦まじく見えた大佐夫妻が、激しい口論や悲鳴を廊下にいた使用人たちに聞かれたあと、部屋の中で後頭部に傷を負った夫の死体が発見される。
犯人は、そばで気絶していた夫人?
ベイカー街イレギュラーズがちょっとだけ登場します。
第9話 入院患者
開業資金のない医師のもとに現れ出資してくれた、謎の男性。
入院患者として医院の上階で暮らす彼が、ある日、部屋に侵入した者がいると騒ぎ立て――。
おっとりしたお医者さんが無事でよかった話。
第10話 ギリシャ語通訳:ホームズの兄・マイクロフト登場
わがままボディに弟以上の頭脳を備えた、ホームズの兄・マイクロフト登場!
マイクロフトと同じアパートに住むギリシャ語通訳のメラス氏は、だまされて連れていかれた謎の屋敷で、監禁されているらしいギリシャ人男性と出会い――。
メラス氏の頑張りに注目です。
第11話 海軍条約文書
ワトソンの古い学友で、成績抜群で親戚の強力なコネもあり、外務省で高い地位についているフェルプス氏からの依頼。
機密文書を何者かに盗まれた彼はショックで倒れてしまい、自宅で婚約者に看病されています。
魅力的な謎と印象的なエピソードが山盛りの、読みごたえのある作品です。これまた映像化向きな一作。
なかでも、(本筋からは大きく外れますが 笑)拗ねるホームズがワトソンになだめられてあっさり機嫌を直すシーンがこちら ↓
「ぼくの診察の――」
「ほう、きみの診察の方がぼくの仕事より興味があるっていうんなら――」ホームズは、やや不機嫌な口調になった。
「ぼくの診察のことなら、いまは一年じゅうでいちばん暇な時期だから、一日や二日ぐらいなんとでもなる、と言おうとしたんだよ」
「大いにけっこう」ホームズは機嫌を直して言った。
ほんと、相性いいな君ら 笑
そして終盤の、朝ごはんのくだりがチャーミング! 挿絵にも注目です。
関係ないけど、当時のロンドンの朝食メニューって、カレー味のチキンなんていうのもあったんですねー。(おいしそう)
最終話 最後の事件:宿敵モリアーティ教授登場!
――友人シャーロック・ホームズの名を広く世間に知らせることになった、その特異な才能を記録する物語を綴るのもこれが最後かと思うと、ペンを持つ心は重い。
なんと、1行目からこれですよ!
大変だ! 元気出してワトソン!( まずはワトソンを応援する強火ワトソンファン)
――二年たったいまなお、わたしの生活に埋めることのできない空虚な穴をぽっかりあけてしまったあの事件のことは、何も語らないつもりでいたのだ。
ところが最近、ジェイムズ・モリアーティ大佐が、死んだ兄を弁護するあのような公開状を発表したので、やむをえずわたしもふたたびペンをとり、ありのままの事実を正確に公表せざるをえなくなったのだった。
事件が起こったのは1891年5月。
ワトソンのもとを訪れたホームズは、数学の天才で大学教授や陸軍軍人の個人教師という経歴をもつモリアーティという男性から、命を狙われていました。
大規模な犯罪組織の黒幕であるモリアーティ教授と組織の犯した罪を、3日後に開かれる裁判で明るみに出すつもりのホームズは、ワトソンと共にヨーロッパへの逃避行を始めますが――。
詳細は読んでのお楽しみですが、この短編が雑誌に掲載された結果、
・『ストランド』編集部と作者ドイルには、読者からの怒りと抗議の手紙が殺到し、
・ロンドンのシティで働く若者たちは、シルクハットに喪章をつけて歩き、
・スイスのマイリンゲンにあるライヘンバッハの滝(Reichenbachfall)は、一大観光名所になる。
ということに……。
「シャーロック・ホームズの回想」特徴と、こんな方におすすめ
前作『冒険』に比べると、ホームズ自身が事件の渦中に飛び込んで、立ち回りの末犯人を逮捕、というパターンの作品が減った気がしました。
反対に増えたのは、ホームズが探偵を始めたきっかけや、マイクロフトやモリアーティ教授など、シリーズものならではのエピソードやキャラクターが出てくるお話。
ファン心わかってますねドイル。なのになんで『最後の事件』……。
というわけで、「ホームズ」ファンなら読んどかないと!、な一作です。
そして、読んだら気になる「滝の続き」ですが……。
「犬」にする?「滝」にする? 次回予告
作品内の時系列でいえば、
本作の最終話『最後の事件』(単行本出版は1893年)の次に起きたのは、
↓
『空き家の冒険』(1903年出版の短編集『シャーロック・ホームズの生還』第1話)
なんですよ。
うわ、10年あいだ空くとか、えぐ!
(訳によってタイトルは若干異なります)
だけど、実際には、
その間の1902年に、シリーズ第5作・長編『バスカヴィル家の犬』が出版されてるんですよねー。
(ただし、ここに書かれているのは1889年の出来事。
つまり、1891年に起きた『最後の事件』以前の物語です)
というわけで、「ホームズ」シリーズ次回は、発表順に従い第5作『バスカヴィル家の犬』 ↓ を紹介しようかと。
……え? なにその焦らしプレイ?
犬はいいから、さっさと滝の話を! 「滝の続き」を教えてくれ!
と思われる方も、多いでしょうか。
だけど当時の読者もガマンしたんだから、どうぞ同じように……
時は21世紀。
読もうと思えばいつでも読めて、話の時系列には影響ないんだから、
……とはいえ、何度も映画化された大人気作なんですよ、『犬』
初めての設定もありますし。ワトソンファンどきどきの、はじめてのお……(自粛)
胸アツな制作秘話もありますし。(ロビンソン君、ありがとう!)
なので、「滝」、じゃなかった、第6作・短編集『シャーロック・ホームズの生還』にスキップした方は、読み終わったら、ぜひ!
第5作・長編『バスカヴィル家の犬』も!
ご覧になることをおすすめします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
みなさま、どうぞ楽しい物語体験を♪
そして、よいお年をお迎えください。(ぺこり)