「隅の老人 完全版」バロネス・オルツィ(2) ~安楽椅子探偵といえば~

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 前回につづき、「隅の老人」シリーズを取りあげます。

 今回は、第1話~第8話と最終話のざっくりあらすじ・感想と、全体の感想、どんな方におすすめかなど。

 

 
■目次■
 
カフェテーブル猫2

「隅の老人」ざっくりあらすじ・感想

第1話 フェンチャーチ街駅の謎(1901年5月号)

あらすじ

 喫茶店でひとりで新聞を読んでいる若い女性記者に、隅の席に座った老人がテーブルの向こうから、評判の事件について話しかけるところから物語はスタートします。

 

 とある事件で、カーショーという男が、

 

・自分は学生時代のルームメイトであるスメサーストを、過去におかした殺人の件で長年強請ってきた。

 

・シベリアで成功したスメサーストは、母国イギリスに今日戻ってくる予定で、自分は彼とフェンチャーチ街駅で待ち合わせている。彼に会えば、大金を引き出せるはず。

 

 という話を妻と友人に伝え、過去にスメサーストから受け取った2通の手紙を残して待ち合わせに向かいます。

 そのまま、彼は行方不明になりました。

 

 その後、放置されていたはしけの船底から、腐乱死体がみつかりました。

 所持品から遺体はカーショーとされ、ホテルに滞在していたスメサーストが逮捕されます。

 

 ところが、スメサーストにはアリバイがあることがわかります。

 しかも彼の筆跡は、カーショーが残していった手紙と筆跡が違って――。

感想

「隅の老人」が新聞記者の「私」に語って聞かせる謎解きは鮮やか。

 ちょっと都合がいい部分もあるけれど面白い。

 

 でも、それをはるかに上回る、強い印象を受けました。

 それは……

 

「隅の老人」、クセが強い! 笑

 

 まず、「おもしろいから」って、自分とひとっつも関係ない事件の裁判を傍聴したり、写真を撮ったりするのがよくわからない。

 けどまあ、それについては、そういう趣味なんだなと理解できないこともない。

 

 でも、態度が!

 主人公に話すときの態度がひどいのよ!

 最後のセリフなんか、へッ!ですよ 笑

 

 いいたいことだけいって老人が立ち去ったあと、主人公の「私」はテーブルに残された写真とひもを眺めながら、

 

「私には、まだ何が何だかわかりませんでした」

 

 って一人称で語るのですが。

 

 読んでるわたしも完全同意ですよ! 笑

 どういうこと? ぽかーんだよ 笑

 

 ていうか「私」ちゃん、そんなやばそうなおじいさんと話すの危ないよ。

 逃げてー! 笑

第2話 フィルモア・テラスの盗難(1901年6月号)

 消えた宝石と消えた容疑者と風邪ひきの話。

 

 なるほど、という感じでしたが、商習慣がわからないこともあり、今ひとつぴんときませんでした。

 

 ていうか、周囲の人がそこまで気づかないことってあるかなあ。暗いところだと……あるのかなあ。

第3話 地下鉄怪死事件(1901年7月号)

あらすじ

 警察嫌いの「隅の老人」が、初めて自分の推理を警察に伝えようと思った事件。

(でも結局、伝えていないらしい 笑)

 

 夕方、終着駅についた地下鉄の一等車のコンパートメントで、ヘーゼルデーン夫人が死んでいるのが発見されました。

 バッグに空き瓶があったせいで、当初は自死と思われましたが、検死審問で死因は青酸を注射されたせいだと明らかになります。

 

 容疑者として、アマチュア毒物学者で夫人とふたりで出かけることのあった、夫妻の友人エリントン氏が浮上しますが――。

感想

 手がかりがわかりやすくて、ミスリードかと思ったらそのまんまでした 笑

 手段は、ミステリー好きならどこかで読んだことがありそう。

第4話 <イギリス共済銀行>強盗事件(1901年8月号)

 神イントロ回です! 

 斬新すぎる。これは最初だけでも読んでほしい 笑

 

「隅の老人」をひもで釣って、推理の話をさせようとするとか! え、猫? 笑 

 悪いわー「私」ちゃん 笑

 

 銀行強盗のショックで支店長が失神して、容疑者扱いされて、でもドクターストップで取り調べができなかったり。

 家族で銀行の2階に住んでいたり、副支店長をやってる息子が俺外国行くわっていいだしたり。

 という、短いのに込み入った話。

 

 建物の変わった構造や(訳者が作ってくれた見取り図、助かります!)、夜間警備の方法に戸惑いましたが、動機もキャラクターもよくできていました。

 

 ある人がある人をかばって、非常に大胆なことをするのですが。しかも、それが裏目に出るのですが。

 

 こういう人たちって、現代でもいそうだなー。ていうか似たような事件あるなー。

 

 でも、支店長はちょっとショック受けすぎじゃないかな 笑(わろてる場合か)

 

 偶然と性格が事態を複雑にしたお話でした。

第5話 <リージェント公園>殺人事件(1901年9月号)

あらすじ

 霧の濃い2月の深夜2時、賭博で得た大金を持ったコーエン氏が、徒歩でクラブを出ました。

 1時間後、路上で争う声と銃声のあと、絞め殺された彼の姿が発見されます。近くに銃が落ちていましたが、彼のものではありませんでした。

 

 1週間後、その夜大負けしていた金持ちのドラ息子・アシュレーが捕まりますが、彼にはアリバイが――。

感想

 動機も方法もわかりやすくて、絵になるトリックでした。

 一番の共犯者は、老人のあげた○○じゃなく、霧じゃないかなー。

第6話 パーシー街の怪死(1901年10月号)

あらすじ

 若手芸術家の集うルーベンス・スタジオには、住み込みの管理人オーエン夫人がいました。

 

 2月のある朝、利用者たちがスタジオに来ると、いつもなら掃除などをしている夫人の姿がありませんでしたが、部屋は使える状態に整えられていたので、夫人が早めに仕事をしたのだろうと皆気にしませんでした。

 

 夕方、芸術家のひとりが管理人室に鍵を返しに行ったところ、部屋の窓が開けっ放しで中には雪が積もっており、雪で半分覆われた寝間着姿の夫人の死体が。

 

 数か月前から急に生活が派手になっていた彼女は、利用者のグリーンヒル青年と不適切な関係にあると思われており、スタジオの所有者から解雇を申し渡されたばかりで――。

感想

 生き生きとした描写が魅力的なこの作品は、シリーズでもっとも知名度が高いのだとか。納得です。

 

 残酷な犯行の話から、ラストにかけて飛躍があって、「え、そういうこと?」と思っているうちに物語が終わるという、落ち着きの悪い作品。

 

 他の作品と同様、「隅の老人」の話が事実なのかどうかがわからないままなので、読後めちゃくちゃ胸がざわざわします 笑

 

 映像化したら、余韻のあるいい作品になりそうです。

第7話 グラスゴーの謎(1901年11月号)

 あの第6話のあとに、どうやって続けるんだろう? と思っていたら、

 

「それは、私が隅の老人と初めて出会ってからまだ数週間しかたっていないころのことでした」(p96)

 

 ということで、時間をさかのぼった過去のお話。

 

 グラスゴーで下宿屋を営む未亡人・カーマイケル夫人が、自室で殺されているのがみつかります。

 

 遺体は喉をかき切られており、金庫は空。

 召使のアプトンという男性が行方不明になりますが――。

 

 古い作品でよく見るトリックですが、現実にはバレるんじゃないかなー。

第8話 ヨークの謎(1901年12月号)

あらすじ

 ヨーク市の競馬週間のこと。

 競馬とトランプ賭博好きのアーサー・スケルトン卿の地所で、男性の刺殺死体がみつかります。

 そばには、犯人らしき男を押さえつけるアーサー卿が。

 

 検死審問のあとで、警察はアーサー卿を逮捕し――。

感想

 徐々に明らかになる過去のいきさつや、犯人につながるちょっとした違和感。(わたしも気にはなったのですが、犯人を当てるところまでは行きつかなかったなー)

 

 推理の過程が明快で、リアルな結末。読みごたえがありました。

最終話 荒れ地の悲劇(1925年発行の単行本『解かれた結び目』より)

あらすじ

 イタリアからイギリスの田舎にやってきたアントニオが、美女・ウィニーと婚約、そこへ地元の有力者のドラ息子ジェラルドがアルゼンチンから帰国します。

 

 大戦中、ブリッジでのいかさまがバレて追手から逃れるために空軍に入隊したという過去を持つ、ハンサムなジェラルドは、ドイツの捕虜になったあと、アルゼンチンに渡って富を築いていました。

 

 ウィニーにちょっかいを出すジェラルドと、嫉妬深さを隠そうとしないアントニオ。

 

 ある日、密猟者の取り締まりに出たアントニオは、上司にいわれるまま怪しい男に近寄りますが、それはジェラルドでした。

 アントニオとジェラルドは、そのまま行方不明となり――。

感想

 トリックに目新しさはありませんが、動機は納得。

 

 そしてラストで、「また?!」と仰天。

 

 あのー……、オルツィは、さ?

 こういうやり方じゃないと、終われないと思ってるのかな? シリーズものって。(きつもん)

 

 うーん、破天荒。

 変な余韻が残りました……。

「隅の老人」全体の感想と、こんな方におすすめ

 1901年5月号から雑誌『ロイヤル・マガジン』での連載が始まった、この『隅の老人』シリーズ。

 ちょうど、コナン・ドイルが『シャーロック・ホームズの回想』(1893年12月出版)のあとの空白期間を経て、『バスカヴィル家の犬』を雑誌『ストランド』で連載した時期(1901年8月号~1902年4月号)にぶつかってるんですね。

 

 どっちも読まれてよかったですねえ。(どういう感想)

 

 さて本作、100年以上昔のしかも短い作品なのに、全38話のすべて完成度が高くて、すごいなーと思います。( 語彙)

 

 まあ、正直、

 

・第1弾の13話(1901年5月号『フェンチャーチ街駅の謎』~1902年5月号『バーミンガムの謎』)や、

 

・第2弾の12話(1904年4月号『ミス・エリオット事件』~1905年3月号『<バーンスデール>屋敷の謎』)に比べると、

 

・そこから20年ジャンプした、1925年発表の短編集『解けない結び目』収録作品の第26話『カーキ色の軍服の謎』~第38話(最終話)『荒れ地の悲劇』は、こう、その……

 

「あれ? すごい似た話を前に読んだ気が」っていうケースも見受けられるのですが 笑

 

 前作から20年後、しかも、第一次世界大戦を挟んでるので、まあそんなこともあるのかなー 笑

(オルツィ、生き残ってくれててよかった)

 途中、『紅はこべ』が爆売れして忙しかったでしょうし 笑

 

 ただ、全話「喫茶店で主人公が聞いた老人の話」というスタイルなので、ずっと読んでいるとどうしても飽きてくるのがもったいない 笑

 

 というわけで、これからこの本を読む方には、続けて読むのではなく、適当に区切って読まれることをおすすめします。毎日寝る前に2話ずつとか。

 

 そういうのって、面白くてついもう1話、あと1話……ってなって、寝るのが遅くなりがちなのが問題ですけどね 笑 (それはわたし)

 

 それと、感想で「よくあるタイプのトリック」的なことは書きましたが、おそらくそれは、(本作が初出かどうかはさておき)いいトリックだから後世のミステリー作家たちも使いまくって、それを読んだわたしが慣れてしまっているためだと思います。

 つまり、順番が逆なんですよね、きっと。オルツィごめん 笑

 

 ネタバレしないのでどの作品のことかは書けませんが、複数の犯人によるトリックや、逆に複数の犯人と思わせて単独犯というトリックが、意外性があって面白かったです。

 あと、一般的な「いい人/悪い人」が、「犯人かそうじゃないか」とイコールでないところが、リアルで読みごたえがありました。

 

 そういえば書きそびれましたが、第14話『ミス・エリオット事件』から、第25話『<バーンスデール>屋敷の悲劇』までは、途中で「ここで読むのを中止して、謎を解いてみてください」っていうメッセージが出てくる、いわゆる「読者への挑戦状」スタイルになっています。

 お好きな方はぜひ、実際に本を閉じて推理してみては。

 とはいえ、中には、ちょっとこれは現地の土地勘がないと謎解き無理じゃないかなー、という作品もありますが 笑

 

 最後に、実はこの本の厚さに、最初は引いていたことを告白します 笑

 詳しいサイズは、リンクでご確認ください 笑 ハードカバーとはいえ、このサイズはなかなか 笑

 

(ちなみに、この本を見たわたしの家族は口々に、「その本が凶器になりそう」「その本で人殺せそう同じ意味ですやん と 笑

おかしいでしょ、なんで凶器って発想出てきた?)

 

 そして、読むうちに、それだけの価値はあると思うようになりました。

『隅の老人』ファンはもちろん、これから『隅の老人』を読もうかなという方にも、自信をもっておすすめできる本です。

 

 単純に単行本3冊分の値打ちに加えて、イギリスで単行本に収録されていない作品があるっていうのも貴重だし。

 解説も、めちゃくちゃ丁寧なんですよねー。

 しかも、当時の挿絵がついていて(最初の方の話は、雑誌ページについた各話タイトルも収録。ロゴがそれっぽいです)、雰囲気がよくわかる。

 

 なにより、第7話『グラスゴーの謎』に関する、オルツィのびっくりするような打ち明け話も載っていますしね 笑

 

 このエピソード、怖くて震えて笑えます! 笑 

(恐怖と笑いは近しいものなんだなやっぱり、と実感)

 とにかくびっくりしました。

 

 当時の出版界めっちゃゆるいいやー、心が強いなー、当時の関係者たち

 ドタバタぶりがよくわかります。

 特に、ミステリー作家志望の方には、ぜひともこれを読んで心を強くしていただきたいです 笑 

 あ、これでもいいんだー、って気が楽になると思いますので 笑( ほんとにいいのかどうかはさておき)

 

 

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 みなさま、どうぞ楽しい物語体験を♪