毎週金曜日、刑事のデイビッドが妻と共に実家を訪れ、ママの料理を囲みながら難航中の捜査の話をすると、たちどころに謎を解いてみせるママ。
「こんな事件で、なにをもたもたしているのやら、知りたいものだね」
歯に衣着せぬママのキャラクターも楽しい、安楽椅子探偵ものミステリーの金字塔です。
1950~60年代にアメリカで雑誌掲載された8つの短編を収録。
1977年出版作品の文庫化。
連作短編集「ママは何でも知っている」感想
「安楽椅子探偵もの」のお手本! 過不足ない構成
毎週金曜日の夜、刑事のデイビッドは妻のシャーリイと一緒に、ニューヨーク市北部のブロンクスにある母親(=「ママ」)のアパートを訪れます。
ママが腕によりをかけて用意したディナーの席で、デイビッドがそのとき抱えている事件の話をすると、ほんの3つ4つ質問をしただけで、ママが華麗に謎を解いてみせる……というのが、この連作短編集のフォーマット。
全8話とも探偵役が「人から聞いた話」だけで推理するという、「安楽椅子探偵もの」のお手本のような作品です。
「犯罪現場へ出かけず、関係者との直接のやりとりもなしに、捜査情報を把握する報告者の話を聞くだけで、事件を解決する名探偵のこと」
(p291法月綸太郎「解説」より)
これは見方を変えれば、
「読者への挑戦状」こそないものの、謎解き前には読者も十分な手がかりを与えられている
ということ。
(当時の習慣など、現代の読者にはわからない手がかりもありますが)
そんなしばりのある設定が、短いページ数でばちっと決まっているのだから、
ミステリー好きなら、読んでいてすごく気持ちがいい作品!なのです(ほれぼれ)
ちゃんと手がかりは提示されていたのに、謎が解けなかった! という読後の悔しささえも、またよし 笑(ナイス・ミスリード!)
ですが……。
「ママは何でも知っている」ドラマで観たい嫁姑バトル
前項で書いた通り、
すごくよくできたミステリー!
と、ほれぼれしながら読み始めたわたしでしたが、実は第2話あたりまで、読んでいて少々しんどくもあり……。
なぜなら、会話劇の中で、
ママ(名前は明かされません)とシャーリイがバチバチの嫁姑イヤミ合戦を繰り広げるから 笑
やめてよー。
せっかくのお夕飯の席で、毎回毎回(泣)
いくら本筋が面白くても、こんなにぴりぴりした話、これ以上読むのしんどい……
となる、ストレスに弱いわたし 笑
そもそも、
夕食の間さえお互い我慢できないなら、たとえひとり暮らしの母親が気になるにせよ、息子、毎週妻連れて実家なんて行かなきゃいいのに。
ていうか、
こんなに気が合わないのに、毎週夫の実家でディナーにつき合わされる妻は、納得してるの?
……と思ったのは、現代の東京で暮らすわたしの常識が、デイビッドたちユダヤ系アメリカ人とは違うから。
彼らは週末に家族で集まる習慣があるそうで(個人差・地域差・時代による変化あり)、デイビッドたちのようにひとり暮らしの親とディナーを共にするのは、当然のことなのでしょうね。
ただし、途中から「嫁」のシャーリイが、よりわかりやすく人をイラっとさせるキャラになったおかげで、ママとのバトルが単なるお約束になって 笑 がぜん読みやすくなりました。
……と、あれこれ書いてきましたが、ぶっちゃけこの作品、
文字ではなくドラマで観たら、より楽しめそうな気がします。
派手な身振り手振りをまじえて、思ったことを一瞬たりとも我慢せずガンガン言い合っている外国人嫁姑のビジュアルがあれば、ことなかれ主義のわたしもムダにおろおろせずに、
「あー、この辺では、そういう感じなんだなー」
と、思えるんじゃないかなと 笑
「ママは何でも知っている」ママの推理とミステリーとしての魅力
ママがデイビッドの話を聞いて、その事件に似た過去のエピソードや人物の記憶から真相に迫る、という点は、クリスティーのミス・マープルと同じですが、単に思い出すだけではなく、必ず理詰めの推理が展開されるのが本作の特徴。
また、謎解きに必要な手掛かりがすべて読者に提示されているという点も、ミス・マープルものと違うところです。
\ミス・マープル初登場作はこちら/
ミステリーとしては8話とも、あっと驚く見たこともない大トリック! は出てきません 笑
偶然と誰かの悪意がブレンドされた結果、めぐり合わせでたまたま難事件になった
とでもいうような、現実にも起こりえる話ばかりで、すごく納得感があります。
こういうの大好き~!
そしてとにかく、切れ味がいい。(ママの推理も、作品の構成も)
かなり口が悪くて圧があるけど、賢くて人情を備えた(そして言い間違いが多い 笑)、愛情深いママのキャラクターも魅力です。
美味しそうな料理の数々!
謎解きがディナーの最中ということもあり、作中いろいろなお料理が登場します。
わたしの知らないメニューが多かったし、中にはママが文句をつけているものもありましたが 笑、どれも美味しそう ♪
- ロースト・チキン(デイビッド「ママのロースト・チキンにかなうものはない」)
- ヌードル・スープ(シャーリイ「ああ、おいしかった。おかあさんのお手づくりをいただくのはほんとうに愉しみだわ。おかあさんのお手なみは天下一品といってもいいくらい」)
- レバー・コロッケ
- 牛肉の蒸し焼き
- ネッセリローデパイ、ピーチパイ
- ポット・ロースト
- アップル・シュトルーデル
- 種なしパン
- エンゼル・ケーキ
- レストラン特製の三層ピノクル・サンドイッチ
などなど……
「ママは何でも知っている」作者ジェイムズ・ヤッフェ
著者のジェイムズ・ヤッフェは、1927年シカゴ生まれのユダヤ系アメリカ人。
15歳のときにエラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジンに投稿した短編が掲載されてデビューしたという、早熟な作家です。
イエール大学文学部を卒業し、海軍勤務・パリ留学を経て、ミステリー以外の小説や脚本などを含む様々な作品を発表しています。
「ブロンクスのママ」シリーズと続編
ママがニューヨーク市北部のブロンクスに住んでいることから、『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1952年6月号から1968年1月号にかけて発表された本書収録の作品群は、「ブロンクスのママ」シリーズと呼ばれています。
著者のヤッフェは本書の8つの短編を発表したあと、ブランクを挟み、
1988年から1992年にかけてシリーズ4つの長編
- 『ママ、手紙を書く』
- 『ママのクリスマス』
- 『ママは眠りを殺す』
- 『ママ、嘘を見抜く』
を発表しました。
また、シリーズ最後の短編は『ママは蠟燭を灯す』です。
シリーズ再開後の一連の作品は、架空の地方都市であるコロラド州メサグランデを舞台としており、「メサグランデのママ」シリーズと呼ばれることもあるとか。
「ママ、手紙を書く」邦訳は1997年1月出版
「ママのクリスマス」邦訳は1997年4月出版
「ママは眠りを殺す」邦訳は1997年11月出版
「ママ、嘘を見抜く」邦訳は2000年11月出版
シリーズ最後の短編「ママは蝋燭を灯す」(2003年12月『ミステリーズ!vol.3WINTER 2003』に収録)
「ママは何でも知っている」各話ざっくりあらすじ・感想
第1話 ママは何でも知っている(雑誌掲載:1952年6月号)
デイビッドと妻のシャーリイは、毎週金曜日の18時、ブロンクスにあるママのアパートを訪れ、ママの作る豪華な夕食に舌鼓をうつのが習慣です。
デイビッドが今抱えているのは、下町のホテルに住む、身持ちの悪い元コーラスガールのヴィルマが殺された事件。
フロント係とエレベーターガールの証言で、容疑者は3人の男性に絞られています。
息子の話を聞いたあと、不思議な4つの質問をしたママは、意外な手がかりから犯人を導き出します。
原題は“Mom Knows Best”
これは、アメリカで1949年から放送された人気ラジオドラマ “Father Knows Best”(邦題:「パパは何でも知っている」/1954年からテレビドラマも)のもじりとのこと。
本書のタイトルも、そこから取られたわけですね。
文庫本でおよそ23ページの短編ながら、とんでもなく完成度の高い作品。
当時の習慣など、現代の日本人読者には読んでも気づきにくい手がかりもありますが、このあとの7話も含め、とにかく読者に対してフェアな構成になっていることに驚きました。
(エラリー・クイーンに推されそうな作風だ 笑)
巻末の法月綸太郎の「解説」によると、
「ブロンクスという地名とママが口にするイディッシュ語で、ユダヤ系アメリカ人の家族であることがわかる」
ように書かれているそうです。
第2話 ママは賭ける(1953年1月号)
小さいながらたいそう人気のあるレストランで、嫌われものの演劇プロデューサーが急死しました。
直前に飲んだスープの中には青酸カリが。
プロデューサーから執拗に嫌がらせをされていた給仕のアービングが犯人とみなされますが――。
意外な人物のたくらみを暴く、ママの頭脳が冴えわたります!
(しかも2段構え!)
第3話 ママの春(1954年5月号)
第4話 ママが泣いた(1954年10月号)
第5話 ママは祈る(1955年6月号)
第6話 ママ、アリアを唄う(1966年10月号)
第7話 ママと呪いのミンク・コート(1967年3月号)
長年欲しがっていたミンクのコートを手に入れた夫人ですが、そのコートはいわくつきの品だったようで――。
第8話 ママは憶えている(1968年1月号)
「ママは何でも知っている」こんな方におすすめ
- キレのいい連作短編ミステリーが読みたい方
- 安楽椅子探偵ものが好きな方
- 海外のホームドラマが好きな方
- ユダヤ系アメリカ人の家庭料理に興味がある方
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
みなさま、どうぞ楽しい物語体験を ♪
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