「フォックス家の殺人」エラリイ・クイーン ~推理と人間ドラマのいいとこ取り~

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1944年、戦争の英雄として故郷ライツヴィルに戻った22歳のデイヴィーは、戦地で傷ついた精神状態が悪化し、妻のリンダの首を絞めてしまう。

愛する妻を殺したくなるという不可解な衝動には、彼の父が母を殺害したとされる12年前の事件が影響しているようだった。

父の無罪を証明して夫婦の幸せを取り戻そうと、リンダとデイヴィーは作家兼探偵のエラリー・クイーンに、12年前の事件の再調査を依頼する。

新たな事実がみつかる可能性は低いと承知の上で、エラリーは現地で再調査を始めるが、事態は意外な展開に――。
 

 
 今回は、エラリー・クイーンの知る人ぞ知る名作、
 1945年発表の『フォックス家の殺人』と、
 クイーンのおもな作品(国名シリーズ・ライツヴィルシリーズ・レーン四部作
 を紹介します。
 
 なかなかのボリュームになったので、下の目次から興味のある項目へ飛んでくださいね 笑

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■目次■
 
フォックス家の殺人アイキャッチ

『フォックス家の殺人』あらすじ

 1944年、人口1万人あまりのアメリカの町ライツヴィルは、戦争の英雄デイヴィー・フォックス大尉の帰還に沸き立っていました。

 

 駅前に停めたセレモニー用のオープンカーの中で、デイヴィーの従妹リンダ・フォックスはこれまでのことを思い出します。

 

 捨て子だったリンダが4歳のとき、子どものいない養父母のタルボットとエミリーは彼女をひきとり、温かい家庭で育ててくれました。

 

 隣の家にはタルボットの弟のベイヤード・フォックスが、妻のジェシカと息子のデイヴィーと住んでおり、リンダは1歳上の従兄デイヴィーと仲良く育ちます。

 

 今から12年前のリンダが9歳のとき、デイヴィーの母ジェシカが殺される事件が起きました。

 当日の状況から、犯人は夫のベイヤードとみなされ、本人は否定したものの終身刑が宣告されます。

 ひとり息子のデイヴィーは隣家の伯父タルボットに引き取られ、以後は実の息子同然に育てられました。

 

 その後、愛し合うようになったリンダとデイヴィーは、1年前のデイヴィーの出征直前に結婚しました。

 今日はそれ以来の再会です。

 

 事件当時、町の人たちは大人も子どもも、幼い子どもだったデイヴィーに、人殺しの息子だとひどい嫌がらせをしました

 デイヴィーがパイロットとして戦功をあげた今、彼らは過去のことなど忘れたかのようにお祭り騒ぎをしていますが、リンダとデイヴィーは当時のことを忘れてなどいません。

 

 無事帰ってきたデイヴィーを迎え、リンダたちフォックス家の皆は再会を喜び合いましたが、デイヴィーは戦場で受けた心の傷がもとで精神を病んでいました

 子どもの頃に克服したはずの、自分もいつか父のような殺人犯になるという恐怖が、戦場での経験でよみがえり、悪化していたのです。

 

 デイヴィーの体調が落ち着くまで、リンダたち若夫婦は結婚前と同じように養父母の家で暮らすことにします。

 

 リンダと養父母はデイヴィーの療養のために手を尽くしますが、彼の精神状態は悪化し、妻のリンダを(彼の父がしたように)殺したいという願望に捕らわれるようになりました。

 

 湧きあがる衝動に必死に抗うデイヴィーでしたが、ついにある晩、リンダを絞め殺そうとしてしまいます。

 

 事情を打ち明け、これまで軍の医療施設で受けた様々な治療が効かなかった以上はリンダから離れるしかないというデイビーに、リンダはある提案をします。

 数年前、ライツヴィルで殺人事件が起きたときに力を貸してくれた、作家兼探偵のエラリー・クイーンに力になってもらおうというのです。

 

 ニューヨークのエラリーを訪ねたふたりは、12年前の事件を調べ直すよう彼に頼みます。

 デイヴィーの父ベイヤードが母を殺していないと証明できれば、デイヴィーの「自分は生まれつきの殺人者だ」という思い込みも解消されるだろうと、リンダは考えたのでした。

 

 エラリーは再調査の結果に期待は持てないといいながらも、若いふたりの頼みを引き受けます。

 父のニューヨーク市警クイーン警視の力で郡検事に手を回し、終身刑で州立刑務所にいたベイヤード・フォックスの身柄を2週間預かるという強引な手段をとるエラリー 笑

 

 エラリーと刑務所から出されたベイヤード、ベイヤードの監視要員ハウイー刑事は、事件の現場となった家で12年ぶりに関係者を集め、事件当日の再現調査を行いました。

 現場も証言も当時の警察により調べ尽くされたはずでしたが、関係者の心境の変化により思わぬ発言が飛び出します。

 そしてその後、12年間閉め切られていた家に、何者かが忍び込み――。

作者エラリー・クイーンとおもな作品

同い年のおちゃめなふたごならぬ従兄弟

 エラリー・クイーンとは、共に1905年生まれのアメリカ人男性、フレデリック・ダネイとマンフレッド・リーの共同ペンネームです。

 

 1929年に、作者と同じ名前の「エラリー・クイーン」を探偵役とする長編『ローマ帽子の秘密』でデビュー

 

 ベストセラー作家として数々のミステリー小説を生み出すと共に、『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の刊行や、ラジオドラマの脚本執筆などでも有名でした。

 

 実は、ふたりは仲のいい従兄弟同士

 あらすじやトリックは主にダネイが、文章はリーが担当していたとのこと。 

 なお、ダネイとリーというのもペンネームで、本名は別だそうです。

 

 当初は二人一役であることを秘密にしていたエラリー・クイーンは、それだけでも十分ややこしいのに、その後「バーナビー・ロス」(作品名は後述)という別の名義でもミステリー小説を発表しました 笑

 

 とある公開討論の際には、それぞれが覆面をつけてクイーン役とロス役として登壇したとか。

 

 遊び心のある、サービス精神旺盛な人たちだったんですね 笑

 

 江戸川乱歩と手紙のやりとりがあったというエピソードもあります。

初期:国名シリーズ(作家探偵エラリー・クイーン)

 たくさんのヒット作を世に送り出したクイーン。

 

 初期の人気作・国名シリーズとは、作家探偵エラリー・クイーンが主人公の、タイトルに国(地域)の名前がついた長編シリーズです。

 精巧な推理のパズルと、途中で出てくる「読者への挑戦状」で有名です。

 

「誰かこの私、エラリイ・クイーンに挑戦する者はいないかな」とかいいだす、日本の大学生のエラリイ君が登場する人気小説はこちら

第1作『ローマ帽子の秘密』(デビュー作・1929年発表)

 

第2作『フランス白粉の秘密』

 

第3作『オランダ靴の秘密』

 

第4作『ギリシャ棺の謎』

 

第5作『エジプト十字架の秘密』

 返り血とか腕力とか温度管理とかいわず、精巧なパズルと騙し絵を楽しむ作品! です 笑

 

 この込み入ったプロット作ったとき、楽しかっただろうなー、クイーン。

 人が死にすぎだろもっと早く犯人みつけてくれとは思うけど、そうするとこのプロット使いきれないし 笑

 

 めちゃくちゃにぎやかな追跡劇は、アメリカだなーという印象でした。

(ほんと元気。そして乗り物が好き 笑)

 

 /チェッカーのルール、知ってたらよかったな……\

第6作『アメリカ銃の秘密』

 

第7作『シャム双子の秘密』

 

第8作『チャイナ蜜柑の秘密』

 

最終作『スペイン岬の秘密』(1935年発表)

 

中期~:ライツヴィルシリーズ(探偵は同じくエラリー・クイーン)

 中期~後期の人気作が、この記事で紹介している『フォックス家の殺人』を含む、架空の町ライツヴィルを舞台としたシリーズ作品です。

 探偵は国名シリーズと同じエラリー・クイーン

 

 初期作品に比べると、人間心理を深く書きこむようになったのが特徴とされ、エラリーの言動も年を重ねたせいもあってか思慮深いものとなっています。

 つまり、初期のキレキレ超人エラリーが、中期以降は人間らしい大人のエラリーになっていくのです。

 

 小説としての完成度が上がり面白くなっているので、個人的にはこの変化は大歓迎ですが、

「細かいことはいいからサクッと解決!」

 的な爽快さやきらめき(?)を求める方には、物足りなくなったかも。

 

 各話は独立していますが、過去の作品で出てきたキャラクターが出てきたり、「あの人のその後」の紹介があったりします。

(結果、ほっこりしたり、やれやれとなったり 笑)

第1作『災厄(さいやく)の町』(1942年発表)

 クイーンの代表作。
 若くてかわいい彼氏持ちの女の子に接近されて、まんざらでもない、なんて思っていたらぶんぶん振り回される、非常におじさんぽいエラリーが見たい方におすすめ 笑
 
 日本では「配達されない三通の手紙」というタイトルで1979年に映画化されています。
 
 結婚経験のある人およびスレたファンなら、最初の殺人が起きた時点で、とあるトラブルの原因や、とある嘘、それに犯人も察してしまいそうですが 笑、
 27章(p408)以降のドラマは読みごたえあり!

 

 /舞台は1940年8月6日~翌年5月\

第2作『フォックス家の殺人』(1945年発表・詳細は別の項で)

第3作『十日間の不思議』

(補足)『九尾の猫』

ライツヴィルものではありませんが、『十日間の不思議』の続編で評価も高いのでここでご紹介させてください)

第4作『ダブル・ダブル』

第5作『帝王死す』

 残念ながら新訳はまだないようです。

第6作『最後の女』(1970年発表)

 こちらも旧訳。

短編集

 以下の短編集それぞれに、少しずつライツヴィルものが収録されているそうです。

 
 
 

別名義バーナビー・ロスで発表:
ドルリー・レーン四部作(シェイクスピア俳優探偵ドルリー・レーン)

第1作『Xの悲劇』(1932年発表)

 四部作でもっとも有名な作品。

 とはいえ、あの「X」はわからんてさすがに……。

 

第2作『Yの悲劇』(1932年発表)

 日本ではこの作品の方が『Xの悲劇』より人気があるそうな。

 わたしもこっちの方がぞくぞくして印象に残りましたねー。

 「X」が何かわからなすぎたせいかもしれませんが……笑

 

第3作『Zの悲劇』(1933年発表)

第4作『レーン最後の事件』(1933年発表)

『フォックス家の殺人』感想

 前作『災厄(さいやく)の町』に続く、ライツヴィルシリーズ第2作
 
 前の項でも書いた通り、この『フォックス家の殺人』から読んでもまったく問題ありません
 前作のネタバレもなし。(クイーン有能!)
 
 とはいえ前作を読んだ方には、「あの登場人物がこうなってる」という、シリーズものあるあるを楽しめる造りとなっています。

ミステリー以外の部分でも楽しめる、読みごたえある名作

 実はわたし、飯城勇三氏の解説にもあるように、(作者クイーンの片割れダネイが1979年の講演で認めた自らの最高傑作としても名高い)前作『災厄の町』を読んだとき、いくつかの不自然な部分が気になって、そこまで楽しめなかったのです。
 
 といっても、解説にあったクイーンのアンチというわけではありません 笑
 クイーンがあの作品で「推理パズル」から「人間を描く」方に切り替えたという評価を知っていたので、ハードルを上げすぎたのかも。
(実際、27章からのドラマには胸を打たれました)
 
 それに引きかえ、本作はミステリーの面白さは残しつつ、人々の感情の動きや言動がすべて自然!
 
 特に、第一部のデイヴィー本人と家族が戦場で受けた心の傷で苦しむところは、ミステリー要素なしでも引き込まれました。
 
 作中の時代は第二次大戦中と古くても、兵士のPTSDという今も切実なテーマだったせいもあるかもしれません。

納得の謎解き

 メインとなる謎についても、納得でした。
 特に、証拠を入手する経緯は、地味だし偶然に頼った部分もあるとはいえ、そういうことも起こりそうだなという説得力がありました。
 
 また、それとは別の、途中の泥棒事件の推理もシャープできれいでした。

過去の事件を追う作品と動物タイトル

 本書の原題は “THE MURDERER IS A FOX”

 解説によると、キーワードの「フォックス(Fox)=キツネ」は、リンダたちの名字(フォックス)であるのと同時に、「狡猾な人」という意味も持つそうです。

 

 表紙もキツネの絵だし、章のタイトルもすべてキツネ絡みで(でもちゃんと内容に合ってる)、絵本っぽくてかわいい 笑

 

 ところで、この作品のように過去の事件を追うミステリーといえば、クリスティーの『五匹の子豚』や『象は忘れない』が思い浮かびますが、ひょっとして過去の事件の謎と動物って相性がいいのでしょうか 笑

 

\『五匹の子豚』の記事はこちら/

 

ほんのりコージー

 この作品を読んだあと、
 
 勝ち目のないしんどい闘いの話だったのに、不思議と落ち着いた雰囲気だったな、
 なんだかほんのりコージーな印象も……、
 
 と、思い返していて気づきました。
 
 おそらくこれ、前作の関係者のデイキン署長やウィロビー医師、マーティン判事という、しぶいおじ(い)さんたちが、ふたたびライツヴィルを訪れたエラリーを歓迎してくれたのが嬉しかったからだと思います。
 しんどいけど、安心感があったんですよね。
 
“友だち”というほどの関係ではなくても、たとえ数年ぶりでも、見ていてくれる人っているんだな、というか。
 仕事に誠実に向き合っている者同士、通じ合うところがあるんだなと。
 
 読んでいて、胸が温かくなりました。

あんまり家事をナメない方がいいですよ、という話……? 笑

 また、予想外だったけど十分リアルな事件の顛末には、なんとも複雑な気持ちになりました……。
(そして妙な見出しをつけるに至る)
 
 ネタバレ防止にぼかして書きますが、えーと、家事をシンプルにするのはアリだけど、面倒でもポイントは押さえとかないとな! みたいな 笑
 
 家のことって、「誰でもできる」と思われてるとこありますけどね。
 基本的なことをつい後回しにしたせいで、思わぬ事態も……(って、こんなとこで書かなくても、小さい子や病人やペットの世話をしたことのある方ならご存じですね 笑)

『フォックス家の殺人』こんな方におすすめ

 これだけはいっておかなければなりません。
 
 初期の「国名シリーズ」に比べると、キレやけれん味には乏しくなっているかもしれませんが
 
エラリー、かっこよくなりました。
(とらじ調べ)
 
 お父さんのクイーン警視の前ではまだめんどくさい坊っちゃんですが、それ以外の場所では、
 
仕事ができて
 
ひとりよがりでない正義感とユーモアと寛容さがあって
 
人生のやりきれなさを(ある程度)ひとりで処理できる
 
大人の男に✨
(めでたい!)
(酒量も前作より減っている)
 
 そんなわけで、
 
 かっこよく育ったエラリーを見たい方
 
 ならびに
 
 推理のパズルも小説も好きという方
 
 に、本作をおすすめします。
 
(つまり、誰にでもおすすめ! 笑)
 
 
※なお、本書と前作『災厄の町』解説の飯城勇三(いいき ゆうさん)氏は、有名なクイーン研究者にして、エラリークイーンファンクラブ(ファンクラブサイトは「Ellery Queen Fan Club」)会長だそうです。
 
 
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 みなさま、楽しい物語体験を♪
 
 
 

☆この記事では以下のサイトを参考にしました。

 

○「翻訳ミステリー大賞シンジケート」

2013.8.23 飯城勇三『初心者のためのエラリー・クイーン入門【前篇】』

2013.9.13 同上【後篇】
 
○「ニコニコ大百科(仮)」『エラリー・クイーン』の項
 
○「ミステリー・推理小説データ・ベース Aga-Search」
 
 
 
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