――シャーロック・ホームズにとって、彼女はつねに「あの女性(ひと)」である。ほかの呼びかたをすることは、めったにない。ホームズの目から見ると彼女は、ほかの女性全体もくすんでしまうほどの圧倒的存在なのだ。
といっても、その女性、アイリーン・アドラーに対して、恋愛感情に似た気持ちを抱いているわけではない。
(中略)ホームズにも、ただひとりだけ感情をかきたてられる女性がいたのであり、それが、世間には正体不明の怪しい女として記憶に残る、いまは亡きアイリーン・アドラーなのである。
短編「ボヘミアの醜聞」あらすじ
1888年、結婚したばかりのワトソンは、開業医に戻っていました。
ある日、往診帰りにベイカー街を通りかかった彼は、ふと思いついてしばらく会っていなかったホームズのもとを訪れます。
ホームズはいつものようにワトソンの近況を推理してみせると、珍しいボヘミア製の紙に書かれた依頼の手紙を見せました。
やがて、顔に覆面をつけた、裕福そうなドイツなまりの男性客が現れます。
なんと彼は、プラハからやってきたボヘミア国王その人でした。
王は5年前の皇太子時代に、有名なオペラ歌手アイリーン・アドラーと親密な関係にありました。
近々、他国の王女と結婚する予定の彼は、アドラーからふたりで撮った写真を先方に送ると脅されており、実行されたら破談は必至。
写真を買い取りたくてもアドラーは売ろうとせず、盗み出そうと5回も(!)試みるもすべて失敗。
困った王は、ホームズに問題の写真を取り戻すよう頼みにきたのです。
翌日、馬車の馬扱い人に変装したホームズは、アドラーの家の近所の御者たちに紛れ込んで情報を集めます。
美人と評判のアドラーは静かな暮らしぶりで、彼女の家を訪れる男性客はノートンというハンサムな弁護士だけ。
アドラーの家を見張っていたホームズの目の前で、ノートンとアドラーが慌てて出かけます。
あとをつけたホームズは、教会でふたりの結婚の立会人を頼まれるはめに。
問題の写真はアドラーの自宅にあると推測したホームズは、その夜、ワトソンの協力を得て写真を盗み出す計画を立てます。
「きみならどうやって探すんだい?」
と尋ねるワトソンに、
「本人に場所を教えさせるのさ」「教えないわけにいかないようにするんだよ」
とこたえるホームズでしたが――。
短編「ボヘミアの醜聞」感想
アイリーン・アドラーの目的は?
アドラーが弁護士のノートンとつきあっていたり、果ては結婚したりというくだりに、それならどうして王の結婚を阻止しようとするんだろうと不思議でしたが、終盤の手紙でその疑問が解消。
あんな風に書かずにいられないようなことが、王との間にあったんでしょうねー。(なんだかしみじみ)
うかつすぎん?
道ですれ違った人に挨拶されたホームズが、相手を思い出せないシーン。
あの彼があのタイミングで、そんなことあるかなー?
ちょっとすっきり 笑
終盤出てくるアドラーからホームズへの手紙が、なかなか痛烈です 笑
それに対して怒るかと思いきや、「きっと、すばらしい王妃になっていただろうに」なんていって感銘受けてる国王。
王族らしいおおらかさではありますが、全然響いてないなこの人 笑
ホームズの方も、この手紙にキレるどころか相当思うところがあったようだし、自信のある人っていうのは実はMっ気が強いのか、それともふたりの器が大きいのか、判断に迷うところです 笑
それにしても、前作『四つの署名』で「女性っていうのは全面的には信用できない」とかいっていたホームズの変わりようには、ちょっと胸をうたれました。
というより、胸がすいたというべきかも 笑
英国グラナダテレビ「シャーロック・ホームズの冒険」第1話「ボヘミアの醜聞」
1984年製作のこちらのドラマは、原作に超・忠実!
小説のあのシーンやこのシーンが映像で楽しめるっていう、原作ファンがまずは一番見たいやつです。
原作を大胆にリメイクした作品も面白いし、「大きく跳んだ」ことで新しい感動を得られることもあるけれど。
それって原作ファンにとっては、こういう先行作品があるからこそという部分も大きい。
個人的にはそう思います。
あのシーンやこのシーンをそのまま映像化したものをすでに観ているから、安心して斬新な作品も楽しめるんじゃないかなーと。
序盤で、ベイカー街を行きかう馬車の馬のつやつやした肌に、はっとしました。
狭くてぬかるんだ道、ごみごみした埃っぽい空気など、生々しい感覚が、(あたりまえですが)文字より強く迫ってきます。
そして、ホームズ役のジェレミー・ブレットの変装がすごかった!( 語彙)
こういうのってアニメでなら見慣れているけど、実写で、しかもCGもなしでやられると、おお! ってなりますね。
しかも、変装メイクを落とすところまで見せてくれる大サービス!
衣装やヘアメイクの他に、演技力によるところも大きいんだろうなー。
そういえば、このドラマでは「アイリーン」の発音が「イレーナ」に聞こえたのですが、そういうものなのでしょうか。
(同じイギリス英語でも、次の項目で紹介するドラマ「SHERLOCK/シャーロック」では、「アイリーン」と聞こえました)
ラストでは、原作にはなかった、物思いにふけりながらバイオリンを弾くホームズの姿が見られます。(原作でも、他のお話ではバイオリンのシーンあり)
なお、原作の最初と最後に出てくる「あの女性(ひと)」という言葉は、英語では「the woman」でした。
BBC「SHERLOCK/シャーロック」シーズン2第1話「ベルグレービアの醜聞」
こちらのドラマは、ドラマと原作が1対1で対応しているわけではなく、ドラマのひとつのお話に様々な原作のエピソードが混在するという独特の構成。
しかも、今回紹介する「ベルグレービアの醜聞」(2012年製作の「SHERLOCK/シャーロック」シーズン2第1話。原作のベースは『ボヘミアの醜聞』)は、なんとドラマの前シーズン最終話からつながる「シーズンまたぎ」作品。
つまり、2話分の長いストーリーの後半にあたります。(途中でタイトルは変わっていますが)
当然、構成は余計に複雑です 笑
(信じがたいことに、ドラマのシーズン1の最終回は、ホームズとワトソンが絶体絶命! というシーンで終わっているのです。
イギリスの視聴者たち、荒れなかったのだろうか 笑)
そういうわけで、細かい内容はドラマのネタバレになるため避けますが、物語はホームズとワトソンが今にも殺されそうな、大ピンチのシーンの続きから始まります。
タイトルの「ベルグレービア」が何のことかわからず調べたところ、ロンドンにある超高級住宅街「Belgravia」のことだとか。
アイリーン・アドラーの屋敷というか職場がここにあるという設定……だったかなあ?( すみません、作品内でそこにふれていた記憶がありません)
さて、このドラマでも、シャーロックとワトソンのミッションは、やんごとないお方の写真をアドラーから取り戻すこと。
ただしその方はイギリス王室メンバー、それも若い女性です。
そしてこちらのアドラーは、原作のオペラ歌手とは違って、なんと高級SMクラブの女王様 笑 顧客にはロイヤルファミリーなど地位の高い人が多いようです。
女王様のせいか、感謝の表現が特殊なのがおかしかった 笑笑
ホームズたちが取り戻す、というより奪う対象は、写真データの入った彼女のスマートフォン。
原作と同様、火事騒ぎもありますが、その段取りにニヤニヤしてしまいます。
シーズン2の最初の放送回ということもあってか、凝った構成と映像にエピソードもぎゅうぎゅう詰めの、相当の意欲作でした。
なのに、前半で披露される、シャーロックのノーパン情報(!)とアイリーン・アドラーの全裸姿(!)に、だいぶもっていかれてしまうのがもったいなかった 笑
(なお、うまいこと隠されているので大丈夫です)(大丈夫、とは)
不快だったのが、シャーロックに性交経験がない(らしい)ことを、他人があざ笑うシーンが何度もあったこと。
シャーロックの表情に辛い気持ちになるだけで、どうしてそのシーンが必要だったのかなあと。
とはいえ、ラストは爽快です。
え、そうなの?! よーわからんけどよかった! って感じ。
ただし、どうやってそれを行ったのか、というのはわからないままで、消化不良ではありますが。
それについては、のちのち明かされるんでしょうねー。
さて、シリーズ次回は、第4作『シャーロック・ホームズの回想』を取りあげます。
有名な『最後の事件』が収録されたこの短編集、またおつきあいいただけると嬉しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
みなさま、どうぞ楽しい物語体験を。