ポワロの誘いで、懐かしいスタイルズ荘をふたたび訪れたヘイスティングズ。
滞在中の末娘ジュディスや親友ポワロとの再会を喜ぶ彼に、近いうちにこのスタイルズ荘で殺人事件が起こるとポワロは告げる。
「カーテン―ポアロ最後の事件―」
あらすじ
妻をなくしてふさぎこんでいたヘイスティングズのもとに、ポワロから誘いの手紙が届きます。
招待先は、ふたりが共に巻き込まれた初めての殺人事件(『スタイルズ荘の怪事件』)の起こった、あのスタイルズ荘。今はゲストハウスとなったスタイルズ荘にポワロは滞在しており、そこにはヘイスティングズの末娘・ジュディスも、雇い主夫妻と共に来る予定だというのです。
スタイルズ荘に着いたヘイスティングズは、愛娘やポワロとの再会を喜びます。
1年ぶりに会ったポワロは、関節炎の療養に行ったエジプトから戻ったばかりで、やせ衰えて車椅子姿になっており、カーティスという新しい世話係を連れていました。
親友の姿に胸をいためるヘイスティングズですが、ポワロは昔と同じいきいきとしたまなざしで、「私はここに殺人犯を捕まえにきたのです」といいます。
仰天するヘイスティングズに、ポワロは過去に起きた5つの殺人事件について説明します。
何の関係もなさそうなそれらの事件には、犯行の動機も機会も手段も持った誰の目にも明らかな容疑者が存在するという共通点があり、犯人たちは皆、捕まって刑を受けていました。
しかし、実はそれら5つの事件の犯人全員とつながりを持つ、とある人物Xが存在しました。
そしてXは現在、このスタイルズ荘にいるのです。
ポワロがやろうとしているのは、そのXが誰かを使って起こすであろう、次の殺人を防ぐことでした。
身体の不自由なポワロにかわって、人々の情報を集め、Xが次の殺人犯にしようとしている人物を探すよう頼まれるヘイスティングズ。
ただしポワロは、危険だからと、誰が問題のXなのかヘイスティングズに教えてくれません。
5つの事件の内4つが、スタイルズ荘のあるエセックス州内で起きていることや、滞在客同士にはつながりがあることから、客たちは全員何かしら事件に関係があって、誰がXなのか判断するのは困難です。
そんな中、まだ21歳の愛娘ジュディスが、滞在客のアラートンという既婚の中年男性と親しくする姿を見たヘイスティングズは、意地っ張りな娘を自分ひとりで守れるだろうかと強い不安を感じます。
ジュディスの雇い主フランクリン博士は、熱帯病の研究に没頭していますが、妻のバーバラは夫の研究に興味がなく、周囲の気をひくために病気のふりをしていました。
バーバラに反発しながら、助手として献身的に博士の研究を手伝うジュディスと、バーバラの昔からの知り合いで彼女に片思いしている、同じ滞在客の準男爵キャリントン。
他の客たちにも事情はありそうですが、誰ひとり殺人まで犯しそうには見えず、Xだという決め手には欠けます。
やがて、スタイルズ荘を経営するラトレル老大佐が、口やかましい妻を誤って猟銃で撃つという事件が起き……。
「カーテン―ポアロ最後の事件―」感想
これまで4作、クリスティーによる掟破りの作品を紹介してきましたが、今作がシリーズラスト(※個人の見解です)
以前紹介した『アクロイド殺し』ほどではありませんが、
こちらも発表時に相当物議をかもしたという問題作です。
初めて読んだとき、個人的には本作、フェアじゃないとは思いませんでしたが……ショックでしたよねー、すごーく。
ポワロ、シリーズ終わるってよ。
過去に何度も、「引退します」といっては事件現場に戻ってきたポワロですが、これが本当に最後のお話です。
といっても、書かれたのはクリスティーが現役バリバリ( 死語?)だった1940年代初頭。
自分の死後残された家族の財産にしたいからと、書かれた原稿は金庫で保管され、クリスティーが亡くなるまで公開しない約束だったというのは有名なエピソードです。
(でも、なんだかんだで生前の1975年に発表されたそうです。そして翌年、クリスティーは亡くなります)
最後とはいえ、そしてポワロもヘイスティングズもそれぞれの事情で弱っているとはいえ、いつも通りのこんなふたりの会話にはにやにや 笑
「私が嘘をつくと思うのですか?」
「つきかねないと思います」
「ヘイスティングズ、きみには驚かされますねえ。私に対する君の純朴な信頼はどこにいってしまったんです?」
要所要所で、ヘイスティングズの野生の勘(ポワロによれば「一目瞭然なことを見抜く、きみのよく知られた天性の勘」)も健在でなによりです。
漂う悲しい雰囲気
まだ若かった大好きな妻を病気でなくして、弱ってるんですヘイスティングズ。
なのに、かわいい末の娘は既婚者とうろうろするし、親友のポワロは死にそうだし、かわいそうヘイスティングズ。(当方、強火ヘイスティングズファンです)
事件とは直接関係のないp269なんて、読んでてめちゃくちゃ悲しくなってしまいました。文才あるなあヘイスティングズ。
(ポワロシリーズ中のヘイスティングズが登場する作品は、彼が書いた手記という設定になっています)
そして、続くp270にある通り、ポワロってすごく人の命を大切に考えてきたんですよね。第一次世界大戦で母国ベルギーがドイツに侵入されて、難民になった過去もあって。
……ううう(涙)(この感情、既読の方にはわかっていただけるはず)
その他、ちょっと言っておきたいあれこれ
・ジュディスと、ワークライフバランスとまともな男の選び方について、じっくり話し合いたい! 笑
なんであの子のまわりにはサイコパスっぽいやつしかいないんだー! (正直この本で一番怖かったわ、あいつが本音吐くとこ)
あとジュディス、染まりやすすぎ。
・みんなー。コーヒー冷めちゃうよー。
あの場面、アメリカ人ならカップを持ったままバルコニーに出て、流れ星見ながら楽しくコーヒー飲んだでしょうに 笑
・シンメトリー? ポワロ、あんたそんなときでもシンメトリーが大事?(笑顔で襟を締め上げながら)(いや、やめてあげて 笑)
「カーテン―ポアロ最後の事件―」
こんな人におすすめ
ポワロのファンなら全員読むべし。
ただし、必ずシリーズの最後に、それが難しいなら(なにせ、たくさんありますから 笑)せめて、手の届くところにあるポワロものを読み終えてから読むべし。
……というところでしょうか。
そしてもちろん、ミステリーの女王の問題作に興味のある方も、ぜひ。
物語の終わりに
名探偵ポワロシリーズの最後に、この作品でクリスティーがもっとも伝えたかったことではないかと思う、この一節を。
――日々の暮らしの中では諍いやいきちがいや仲たがいといったものを始終繰り返していても、嘘偽りない真実の愛というものは存在しうるのです。
(p159、ポワロのセリフより)